クリーンセンターについて

4月12日(木)、三豊市議会議員全員による全員協議会において、三豊市・観音寺市広域行政組合の新クリーンセンター建設に関する協議が行われました。
前回の広域議会で、三豊市が観音寺市案(奥谷地区に全溶融炉建設)に合意できないのであるならば5月までに対案を出すよう求められていました。
それに対し、三豊市では京都のバイオガス化技術施設の視察研修などを行い、具体的な対案の検討が進められていました。
ところが、5月を待たずに観音寺市よりこれまでに掛かった地元対策事業費と、19年度及びこれ以降に発生するであろうその費用、更に施設建設(観音寺市案)に係る事項(建設を実質了承する内容)に付いての協定書の締結要請がきたのでした。
三豊市としては、対案提案の約束の期限である5月を待たずして、観音寺市案を受け入れるわけには行かないとの意見が多く出されました。しかしながら、これまでの経緯が観音寺市に丸投げ状態であったことや、他の三観広域事業への影響を考慮し、覚書に止めるよう求めることとしました。
他、今調査研究中の三豊市案のバイオガス化と、観音寺市案の全溶融炉の検討比較の説明がされました。
三豊市の方針は、“ゴミは資源である”を基本的な考え方としており、全溶融炉によるすべてを燃やし尽くす発想の対極にあります。ダイオキシンを出さない。地球温暖化はさせない。地球環境への負荷を小さくする。この基本姿勢に変わりはありません。
その一つの方法が、生ゴミのバイオガス化です。
これをを対案として、今後急ぎ建設候補地の選定を行うこととなります。
もし、観音寺市との交渉の末にバイオガス化に決定したとしても、生ゴミと廃プラ(石炭代替エネルギーとなる)以外の可燃ゴミはやっぱり焼却が必要となります。
焼却施設については、近隣施設の利用の再検討が最も現実的であると考えられます。
直島の施設は、日量250トンの処理能力を持ち、豊島のゴミ処理は10年計画で5年を経過しています。
5年後には計画完了の予定となっています。
また、丸亀・多度津の施設は直島に匹敵する処理能力を持ち、日量250トン規模で、人口14万人を対象の事業のために受入実績は、日量120トンといわれ、ゴミの量が不足している現状となっています。
このような現状を総合的に見極めてゆかなければ将来に大きな禍根を残しかねません。
ゴミ問題は、未来社会をどのような思想に基づき描いてゆくのかの試金石にもなります。舵の切り方によって生活環境は大きく変わるのだと思います。

卒業式は1歩踏み出す日

年度替りで自治会の総会や保幼小中学校の教育関係の卒入学式・先生方の歓送迎会、そして花見などが集中した慌しい日々でした。
3月議会終了後の整理も付かぬままの諸行事への参加で、気を紛らわせ時の過ぎ行くままに身を任せていたような状況でした。
市民の皆様への報告を早急にまとめなければと動き始めています。
三豊市の「まちづくり」に与える影響の大きな問題が多く、慎重に取り組まなければと思っています。
私の心の区切りとして、母校である三豊市立桑山小学校の卒業生に(私自身へも)送ったお祝いの(鼓舞する)言葉をここに記します。
22名の卒業生の皆さんご卒業おめでとうございます。
皆さんが待ちに待った晴れの卒業式を心からお祝いいたします。
6年前の春、満開の桜の中をご家族の方に手を引かれ入学した日のことを憶えていますか。
私はその日を思い出しています。
私もPTA会長の1年目の初めての入学式で緊張していました。
そのころ学校で飼っていた、「母親ヤギのミルキーとその子どもたちのミミ・ルル・キキが皆さんの入学を喜んでいますよ」と私が話すと、皆さんの目がニッコリとしたことで、私も緊張がほぐれホッとしたことを憶えています。
皆さんはあの日から6年間、どんな日にもくじけず頑張ってきました。本当に立派になりました。
4月からは中学生になりますが、小学校で学んだことを基礎にして勉強にクラブ活動に励み、立派な中学生になってください。
見守っていますよ。
保護者の皆さん、お子様のご卒業おめでとうございます。心からお慶び申し上げます。
お子様の成長した姿を前にさぞ感慨ひとしおだと思います。
今、教育現場や教育改革の中で様々な議論がされていますが、例え制度が変わったとしても教育の本質は変わろうはずはありません。
これから中学生になろうとするお子様は、新たな目標(夢)の旗を掲げ、その旗をはためかせていただきたいと思います。
中学生になったお子様の目標は、今までの目標とは違います。
ちょっと勉強を頑張って成績を上げようという目標の旗は、保護者の皆さんが風を送ることではためくかも知れません。
しかし、これからのお子様の持つべき目標(夢)は、保護者の皆さんの力だけでははためき、そして、たなびくものではないと思います。
自ら掲げた目標(夢)の旗をはためかせたなびかせるためには、お子様自らが自分の足で1歩踏み出し、その旗を掲げ走り出すより他にありません。
そのような教育・家庭環境を作っていただけますことをお願いしたいと思います。そうすることで、必ずや立派な大人へと成長するものと思います。
最後になりましたが、校長先生をはじめ諸先生方のこれまでのご労苦と、ご臨席の地域代表の皆様のお力添えに感謝すると共に、皆様方のご健康ご多幸、そして卒業生22名の未来が拓かれますことをお祈りし、お祝いの言葉といたします。
卒業生の皆さんありがとう。
皆さんへのお祝いの挨拶の機会をいただいたおかげで、1歩のつながりが道を創っていることを思い出させていただきました。

桑山芸能発表会

18年度末の3月31日(土)、三豊市豊中町公民館桑山分館主催による「第22回桑山芸能発表会」があり、挨拶の機会を頂きましたので、常々思ったり感じたりしていることをお話させていただきました。
皆さん、こんにちわ。
お花見シーズンを目前にし、1年で最も心地良い時候を迎えようとしています。
このすばらしい季節の中で、「第22回桑山芸能発表会」がこのように盛大に開催されますことを心よりお慶び申し上げます。
この芸能発表会が、地域の皆さんの力で22回も続いていることはすごいことです。
「続ける」ということについて、お話をしたいと思います。
私も陶芸をしておりしばしば思うことがあります。芸能とは少し違うかもしれませんが、同じ芸の道という意味ではよく似ているのかも知れません。
すべての芸の道にいえることは、続けるということが最も大切なことなのだろうと思っています。継続の中に或る日突然に気づきが訪れることがあります。それが「上手くなった」とか「芸が変わった」ということだと思います。続けていなくては決して経験することのできないことって有ると思うのです。
そして、出演者の皆さんにとって今日の発表会が、年に一度のたゆみのない修練の成果の披露の場として、続いていることは本当にすばらしいことであると思っています。
人が本当に健康であるとは、心身共に健康であるということです。芸能に触れることは心の健康増進に繋がることだと思います。
出演者の皆さんは、日ごろの修練の成果を余すところなく発揮していただき、また、観客の皆さんは芸に満喫していただき、益々の心の健康増進にお役立ていただけたらと思います。
最後になりましたが、桑山分館の岩本館長はじめ諸団体の皆さんの御労苦に感謝すると共に、ご来場の皆さん並びに出演者の皆さんのご健康と、桑山芸能発表会の益々の発展をお祈りしお祝いの言葉といたします。
私も一曲歌わせていただきました。
この一曲のために、なんと、20年ぶりに“うちん家(うちんき)”の奥さんと水いらずでのカラオケボックスでの缶詰特訓となってしまいました?
芸能発表会の威力は、こんなご利益(災い?)を生むなんて想像を超えています。
「来年は俺にも歌わせろ」と、岩本館長は張り切っています。えらいこっちゃ!

三豊市にもあった!バイオディーゼル燃料施設

3月議会閉会の翌日の29日(木)、「NPO法人 香川ボランティア・NPOネットワーク」の合田さんのご手配で、知的障害者援護施設である高瀬荘の廃食用油燃料化施設の見学の機会を頂きました。
この施設は、社会福祉法人鵜足津福祉会グループの一施設で、知的障害者の雇用の場となっています。
現在、市外(善通寺市・多度津町・丸亀市学校給食など)から5に対し、市内(山本地域・学校と事業所給食・病院など)から1の割合で、使用済みてんぷら油を収集し、原料としてバイオディーゼル燃料を精製しています。
一月あたり3から4日の稼動で、3,000リットル程度精製しており、当法人が所有する車両30数台分の燃料として使用しています。
月産精製能力として、900リットル槽1バッチ24から25日稼動で約25キロリットルとなり、もし2バッチ稼動すれば最大約50キロリットルを見込むことができます。
この量は、200リットルドラム缶で250本分に相当します。
ちなみに、一般家庭の出す使用済みてんぷら油の1月あたりの平均量は、350ミリリットル(0.35リットル)といわれ、回収世帯換算すると約10万世帯以上が対応可能といえます。勿論、給食センターや事業所などの廃食用油もありますから、まったくこの通りの計算にはなりませんが、施設能力の全体イメージがつかめると思います。
三豊市の「ゴミ0作戦」と「三豊市・観音寺市広域事業」の資源回収についての、新たな切り口の可能性を感じる見学となりました。
見学の手配を頂いた合田さんと、丁寧に説明をしていただいた高瀬荘の入所授産施設副施設長の片岡さには本当にお世話になりました。

ゴミ処理問題の行方

三豊市・観音寺市広域組合のクリーンセンター問題が激動期を迎えています。
1月21日、観音寺市粟井町奥谷地区が新クリーンセンター建設受け入れに同意したことに対し、その建設の可否の三豊市の対応が迫られています。
現在の観音寺市案は、日量156トンの生ゴミを含むすべての可燃ごみを焼却する溶融炉建設です。
12月12日に三豊市議会の全員協議会に提示された、この観音寺市案(平成18年12月17日に掲載)に対する三豊市の結論と代替案を5月までに提示しなければならない状況になっています。
その中、3月23日(金)三豊市案のゴミ処理の方向を見定めるための先進地視察研修に行ってきました。
訪れた京都市のバイオマス化技術実証研究プラントは、観光地でもある当市が平成11~14年度の3年に渡り、旅館やホテルの生ゴミ、市場の野菜くずや剪定草木、古紙などの様々な条件で運転を実証してきたものでした。
バイオガス化技術とは、何もかもを燃やし尽くす溶融炉の発想とは対極にあり、生ゴミを含む可燃ゴミから電気を得るという循環型社会の実現のための一つの方法です。生ゴミ・食品廃棄物・草木類などを発酵し、メタンガスに変換し発電するというものです。
この方法の優れたところは、三豊市の可燃ごみの回収の現状を少し向上することで対応可能であるということです。
このことにおいては、同時に説明された京都府南丹市で実用化されている「カンポリサイクルプラザ」のバイオリサイクル施設の説明は、そっくりそのまんま三豊市と観音寺市の現状に適したものであるとの認識を得ました。
観音寺市案の新クリーンセンター溶融炉の提案処理能力は、日量156トンです。
全国的調査では、市民生活から出る可燃ゴミの内、生ゴミがおおよそ3分の1を占めることがわかっています。
三豊市・観音寺市広域の生ゴミは、156トンの3分の1の50~60トンと見込まれ、まさにこのプラントは当広域を想定したようなモデル施設と感じられました。
受入・前処理工程、発酵工程、ガス利用工程、発酵残渣処理と、大きく分けて4工程となっており、処理能力50トンを有しています。
ゴミ1トンあたり200㎥のメタンガス収率で換算すれば、10,000㎥のメタンガスとそれによる15,000キロワットの発電(1,500世帯)が得られるシステムとなります。
残渣は熟成ヤードで2次発酵され、選別工程を経てコンポストとなり大地へ帰り、廃プラは石炭代替燃料となり再資源となります。
発想の原点は、ゴミは資源であり循環するものであるということです。
直径7メートル・長さ40メートルの発酵槽が1系で、日量25~30トンの処理能力で概算設備費25~30億円(トン当たり1億円)の建設予算が必要との説明です。
この発酵槽2系で50~60トンのシステムで、50~60億円の投資となります。
施設建設経費として溶融炉110億円に対し50~60億円と、周辺整備経費がどれくらい掛かるのかなど、検討は重要です。
ゴミに対する考え方と思想によって、未来社会が抱えるコストと生活環境に大きな影響を及ぼすと思われます。
この研修を三豊市・観音寺市広域のクリーンセンター問題の進展につなげなくてはならないと思っています。

100回記念・「庁舎の位置」と「まちづくりプラン」

「三豊市の市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」を、12月定例会に続きこの3月定例会に上程しようという動きがあることは前回お伝えしました。
12月と今回の大きな違いは、市長による執行部提案なのか、議会の一部の議員による議員提案なのかということです。
三豊市条例の第1号である最重要条例を、3ヶ月もたたないうちに再び条例改正を行うことの異常さ(12月の改正は大店法に振り回された思いつきだったのか)と、市民に対してのまちづくりについての説明がされていないことの2点において、私は今議会における上程はいかなる形であろうとも反対です。
横山市長もこの議会での執行部提案はしないことは明言しています。
ところが、三豊市議会の中では執行部が提案しないのならば、行財政改革のスピードを上げるために議会から議員提案をしようとの意見が出されています。
まちづくりに対する充分な議論もなく市民への充分な説明もなく、「庁舎の位置を変えれば良くなるのだ」といった、何がどう良くなるのかの議論と説明のできない短絡な意見には耳を覆いたくなります。
寿工芸跡地の利活用を含めた庁舎の位置の問題が議会内で議論されだす以前から、私は「庁舎の位置」と「まちづくりプラン」はセットで議論されなくてはならないと主張してきました。
「庁舎の位置」の問題が、遊休施設の有効利用に伴う行財政改革ならば、寿工芸跡地と豊中庁舎周辺の整備開発は、市民生活に直接影響を及ぼす重要な “まちづくり” であり、そのためには「まちづくりプラン」が必要であるといえます。
よって、このような議論も計画もされていない現段階では「このようなまちづくりをしますよ」の説明ができないのは当然なのです。この二つは両輪であり並行して議論し計画されなくてはならないのは明白です。
行財政改革は目的ではなく まちづくり のための手段でしかありません。
「庁舎の位置」を変更することで、どんなまちにするのかの説明が市民にされなくてはなりません。
議会と執行部の間の限られた、住民不在のやり取りにしてはならないということです。
庁舎の位置を変える条例が議員提案され上程可決されれば、どのようなまちづくりが始まるというのでしょうか。
まちづくりは、しっかりとしたビジョンで創られた「まちづくりプラン」で進められなくてはならないと思います。
今、議会に求められる役割は何なんでしょうか。しっかりとした「まちづくりプラン」のないままに、執行部に大きな予算を費やしてまでの庁舎移転を促す「三豊市役所位置を定める条例の一部を改正する条例」の議員提案をすることでしょうか。
そうではなく、議会がやらなければならないのは、庁舎移転の条例改正の執行部提案が出される時までに、「まちづくりプラン」を創り、市民への説明と理解を得た上でなければそれは許さないくらいの構えを示すことであると思っています。
すべての目的は まちづくり のためなのですから。
手段が目的になってはならないと思っています。

庁舎問題と選挙公約

昨年末の12月定例会で上程可決された「三豊市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」で、豊中庁舎が仮庁舎から本庁舎であることに確定しました。
ところが、この地方自治体にとって最重要の第一条例である当条例の再改正案が、先の議決から1ヶ月もたたないころから計画が始められていました。
12月の条例改正は何だったのでしょうか。そして、私たちが提案した「閉会中の継続審査を求める動議」を、三豊議会はなぜ否決したのでしょうか。
地方公共団体という法人格を持つ三豊市と三豊市議会の、思慮を欠いた良識を疑う呆れた考えと行動であったといえます。
2月27日の三豊市議会議員による全員協議会において、庁舎問題を審議していた総務常任委員会から、その報告がされました。
その内容は、現豊中本庁舎には問題があり、新庁舎は建設しない方針上、現有遊休施設の高瀬支所に本庁機能を持たせ、豊中庁舎と併用することが望ましいとの結論に至ったというものでした。
問題点として、
1) 第2・第3庁舎の老朽化と耐震性
2) 補助金の関係上豊中保健センターの転用の難しいこと
3) 判りにくい分散した組織配置
4) 人事考課制度の1フロアー制の問題
5) 駐車場の問題
が、あげられていました。
第2・第3庁舎の老朽化と耐震性に始まる数々の問題点は、「三豊市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」が、議決された12月以降に判明したことでもなく、つい先日わかったことでもありません。むしろ7町による合併協議会の時から承知されていた事実です。
5町による合併協議会までは、高瀬庁舎が本庁舎の位置だったのです。ところが7町合併になったとき、高瀬庁舎では職員が入らないから豊中に本庁舎を受けて欲しいということになったのでした。
豊中旧町民は、豊中庁舎が7町合併のための三豊市の本庁舎であるならばと、8千万円近い改築費を豊中町の予算を投入し、豊中町の町民の集いの場をも提供し受け入れたのです。
これらの一連の合併協議会の中には、現市長もおり、旧7町議会の議員も各々の議会でこのことは了解し議決したのです。
今になって、老朽化だの耐震性だのと問題が今発生したかのあげつらいは、何時の何と比較しているのでしょうか。これらの問題点は、移転改築費用2億円をかけるような、高瀬庁舎への移転計画の理由になどなりはしないのです。
横山市長の選挙公約にも、「4年間は新庁舎は建てない。三豊市の本庁舎は豊中庁舎の現有施設で充分だ。」と言っているではありませんか。位置を高瀬へ移すなどとはまったく触れていません。
豊中本庁舎にいかなる不適な理由を求めようとしても、現高瀬支所にはもともと職員が入らないし、会議室もろくに確保できないから、豊中庁舎になった事実は変えようがないのです。
もともと、すべてが収まらないはずの高瀬へ本庁舎を移そうとするのならば、豊中庁舎を庁舎改修以前に復旧し出てゆくべきです。
豊中町民の多大なる献身的理解と、寛大なる心によって7町による三豊市合併は成立したのです。
三豊市誕生に対し、何の犠牲も払わず、汗もかかず、ただ選挙に大勝したからと言って、「三豊市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の一度ならず二度の提案と、それに係わる大規模な移転計画はどのように考えても論拠がありません。
このままでは、横山市長!!!選挙公約違反ですぞ!!!
少なくとも、今直ちにやることではありません。もっと他にやることはあるはずです。

コミュニティバス路線案最終

前回のまちづくり調査特別委員会で、検討事項の残っていた高瀬線と、その後に行われた自治会長会(最終は27日に終了)で出された意見に対し、検討修整された路線の提案がされました。
<高瀬線> 31.8キロメートル 80分 
旧高瀬町内の周回コースの案は前回了承されており、バス2台対応の検討結果の報告がありました。周回コースになるのと1台対応では、現在利用している通学の足に利用できないなどの理由で2台対応とすることとなりました。
修整提案となった路線は、
<三野線>(少しのコース変更の可能性あり) 18.3キロメートル 52分
高瀬三野線として提案されていた路線です。最初の提案は、 高瀬温泉~ふれあいパークみの のコースとなっていましたが、旧三野町内の住民が ふれあいパークみの へ行くのが非常に不都合であるとのことで、町内周回し ふれあいパークみの までのルートとなる予定です。
<仁尾三野線> 27.7キロメートル 69分
仁尾を出詫間駅停留後 ふれあいパークみの へのルートであったが、三野町東浜・三野支所・西浜・新名・高瀬支所までとなっています。
新たに新路線として提案されたのが、
<豊中仁尾線> 16.8キロメートル 47分
仁尾~三野~高瀬~豊中をつなぐルートです。仁尾支所・北草木・三野保健センター・高瀬支所・池田外科・本山地区を回り三豊市役所のコースとなっています。
最初の路線の素案は、11路線13台のバスによる対応でしたが、様々な意見調整検討の結果12路線となり、14台と1台の予備バスによる対応となることとなりました。
これから、三豊市の“先手の福祉”の一翼を担うコミュニティバスの、7月開通に向け作業が進められることとなりました。

(株)イズミの山西社長来る

「ゆめタウン三豊」出店予定の(株)イズミから、三豊市への挨拶と説明のための訪問がありました。
山西社長他4名の社員の皆さんから、契約候補者選定の御礼と会社概要並びに、「ゆめタウン三豊」で考えていることなどの説明がありました。
三豊市を新拠点都市と位置づけ、中心市街地の創造を地域の皆さんと共にやってゆきたい。
三豊の ゆめ支え・育て・語れる 事業展開を計画している。
商圏は20万人とし、市外へ流出している消費人口を流入人口に変える。
地域の経済と産業活性化があってこそ、「ゆめタウン三豊」の成長がある。この考えで地産地消を超え、すでに“地産域消”に取り組んでいる。実例で、「ゆめタウン八代店」の食品販売は年間25億円だが、八代市からの仕入れは29億円もある。また、雲仙市では地元に仕入協議会ができ、そこを窓口として関係を深め、地元産品を自社店舗網で売れ筋に育てている。
その他、ラッピングバス(コミュニティバス)の協力や、災害時の避難場所と物資の提供なども取り組んでいる。
このような事業活動を通じ “地域の夢” “働く人の夢” “住む人の夢” の実現に向け営業を行っている。
YouMe  あなたとわたしの 夢づくり 街づくり が始まろうとしています。
三豊市の隠れた力がどれくらい溢れてくるのでしょうか。本当の力・地力が問われるのはこれからです。

まちづくり調査特別委員会(市のイメージアンケートについて)

2月19日(月)のまちづくり調査特別委員会では、2件の協議が行われました。
一つは、「市外から見た三豊市のイメージ」アンケート結果について。
もう一つは、昨年から引き続き協議している、「コミュニティバス路線網」についてです。
「市外から見た三豊市のイメージ」アンケート結果については、商工観光課から報告がされました。
本年2月初旬に、東は高松市から西は新浜市、南は三好市の範囲にある地元量販店において、県内外の不特定300名余りに対しアンケートを実施したものです。
三豊市の観光や特産品の振興に取り組むに当たり、三豊市が外からどのように見られているのかを先ず知る必要があったためです。
身近にありすぎて、自らの本当の良さに気づかないことはよくあることです。ここには普通にあることが実はそうではなく、外にはない興味深く面白い資産であったということです。
このことに三豊市自身が気づくことから始めなくてはならないということです。
アンケートの項目で「三豊市で思い浮かぶもの」というのがあります。上位の答えには、1位の 田舎 を筆頭に、 みかん、海、荘内半島・紫雲出山、お茶、花 などが続き、豊かな自然環境のまちのイメージが強いことがわかります。
また、「市のイメージ」では、 田舎・田園、のんびり・おだやかな町、海がきれい、平凡で何もない町、自然豊かで空気がおいしい などが多くを占め、人工的なイメージは薄く、素朴な落ち着きのある印象となっています。
外にも幾つかの項目はありますが、いずれの集計においてもよく似た傾向でした。
三豊市は、白いキャンバスのようであり、これからいろんな絵が描ける可能性を秘めているといえます。
今回のアンケート結果を参考にし、19年度は本格的に三豊市の特色を生かした振興施策と情報発信ができるよう進めてゆきたいということでした。
「コミュニティバス路線網」については、1月27日のこの場でお伝えした11路線の内、1路線の変更についての説明でした。
前回の当委員会で了承していた素案について、7地域の自治会長会への説明会が随時開かれています。2月4日の詫間から始まり、山本、豊中そして15日の高瀬と開かれてきました。
ところが高瀬の説明会で、旧高瀬町からの既存路線の大幅な変更に対し厳しい意見が出されたことについて、再度検討した結果、高瀬線の路線とバス停案の変更をしたいとの提案内容でした。
<高瀬線> 31.8キロメートル (原下・高瀬温泉・高瀬駅・西香川病院・二ノ宮農耕センター・麻農耕センター・原下) 旧高瀬町内を80分で周回するコースとなっています。
この変更によって、2台のバスによる対応が提案され、追加購入の費用増となります。
この提案に対し、コースの変更は了承するも、当初計画通りの1台対応の検討をを求める意見が出され、条件付の了承となりました。
最少の経費で最大の効果を追求することを基本として、より良い結論を導き出して行かなくてはならないと改めて感じています。